諏訪神宮寺村文書H-5「一札(宝蔵坊への盗人のことにつき)」(架蔵)

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諏訪神宮寺村文書H-5「一札(宝蔵坊への盗人のことにつき)」画像

翻刻

  一札
一、當月十九日の宵、村役所江罷越候跡ニ而
少々紛失物御座候処、少分之品故一向
沙汰なしニ致置候処、貴院江も盗人入、
拙者方ゟ盗取候品之内、弓張挑灯一張・
帳面弐冊・書物四五枚、貴院ニ捨置候而、
今日高遠ゟ御帰御見出シ被成候ニ付、當村
造酒右衛門殿江御見セ被成、夫ゟ拙者方江
通達有之、右品々請取申候、向後御互
此一件ニ付申ぶん無御座候、縦令何様之
訳有之候共、貴院江一言之義申出間敷候、
為念一札仍如件、
 安永四乙未年十二月廿七日 伊東右膳(印)
  宝蔵坊
   御住持様
	

現代語訳

一札
一つ、今月十九日の宵に、村役所へ赴いた後に少し紛失したものがありましたが、少しの品であったので全く気にせず放っておいていましたところ、貴院にも盗人が入って、私のところから盗み取られました品のうちの挑灯一はり・帳面二冊・書類四、五枚が貴院にも捨て置かれておりまして、今日(あなたが)高遠からお帰りになって、見つけられたとのことで、私の村の造酒右衛門殿にお見せになられ、それから私の方へ通達がありまして、右の品々を受け取りました。今後はお互いにこの一件について文句は言いません。たとえどんな訳があっても、貴院には一言も(文句を)申しません。念の為、一札この通りです。
	

大意

盗品についての揉め事をおさめるために、伊東右膳と宝蔵坊との間で交わされた証文。本証文での言い分を信じれば、両者ともに窃盗の被害者であったが、話し合いの過程ではおそらく伊東右膳が盗人である可能性、あるいは逆に宝蔵坊が盗人である可能性が問題となったものであろう。伊東がこの証文で言う経過は次の通り。彼の外出中に家で失くなったものがあったが、大した品ではなかったので気にしていなかった。ところが、宝蔵坊にも盗人が入り、その盗人が伊東の家から盗んだ挑灯などの物を宝蔵坊に捨て置いていった。宝蔵坊が帰ってきてこれに気づき、おそらく「帳面」や「書物」で伊東のものであることが分かったために、伊東の村へ連絡をした。その後、伊東はそれらの品を受け取った。この証文はお互いに文句を言わない、つまり窃盗したことを疑って訴え出たり、話題にしたりしないということを約束し、後腐れをなくそうとしているもの。宝蔵坊から伊東への証文も存在した可能性があるが不詳。