甲斐八幡北村文書H-2「以書付奉申上候」(架蔵)
画像
翻刻
以書付(かきつけ)奉申上候
字■詰 新百四番
一、下々畑四畝拾三分 分米三斗五升五合
右同所 新百五番
一、下々畑三畝八分 分米弐斗六升十二合
右同所 新百六番
一、下々畑弐拾七分 分米七升弐合
右者、八幡社領高之内ニ御座候處((処))、往古(おうこ)ゟ(より)
引續居屋敷(いやしき)ニ(に)而(て)家作(かさく)致、永年住居仕(つかまつり)、
是迄年々収納米修復料之内江(へ)相納
来リ候義ニ御座候、依(より)之(これに)以書付奉申上候、以上、
山梨郡八幡北村
明治七年三月 初鹿野(はじかの)楚右衛門(印)
御派出
山田俊四郎殿
現代語訳
書き付けをもって申し上げます
字 ■詰 新一〇四番
一つ、下々畑四畝十三分 分米三斗五升五合
(略)
右は、八幡社領の高の内にございますが、昔よりずっと住居する屋敷として家をつくって、長年住んでおり、これまでは毎年収納米を(家の)修復料の内に納めてきました。よって、書き付けをもって(このことを)申し上げます。以上。
大意
明治になってからの文書。この時期には各土地に地番がつけられていた。「新百四番」とあるのはその地番。三箇所の土地について、これまでの様子がどうであったのかを役所(派出所)へ報告しているもの。